|
生 江 の あ ゆ み (3)
|
生江人権協会トップへ
今なお続発する差別事件
人権が尊重される社会をめざしてのこうした取り組みにもかかわらず、いまなお悪質な差別事件・差別事象が続いています。
1975年には全国の部落の地名・所在地などを記載した「部落地名総鑑」が発覚しましたが、2006年9月には部落地名総鑑のデータを電子化した「電子版・部落地名総鑑」が一時インターネット上に出回るという非常に危険な事件も起きています。こうした差別身元調査にかかわる差別事件は跡を絶たず、1998年の「アイビー・リック社」による身元調査事件や2003年以降の行政書士による戸籍の不正入手事件などが大きな社会問題となりました。また、差別落書きや投書は頻繁に生じていますが、東京で起きた1993年から2000年までの7年間にわたって同一人物によってなされた差別脅迫ハガキ事件では、多くの人が苦しみ、傷つけられました。
生江地区においても差別事件は頻発しています。1980年8月、生江解放会館の前に、大学ノート7枚におよぶ差別ビラが貼られているのが発見されました。「生江○丁目は、エタ・ヒニンの住みかだ!!近づくと殺されるぞ!奴らは大阪のウジ虫である。ただちに強制収容所に送り、毒ガス室に入れろ!日本政府はただちに軍隊を動員し、武力をもって制圧しろ!」といった極めて悪質な内容で、差別を扇動するものでした。近々の2006年にも、区役所を訪れ「○○は部落か。部落だったら親が結婚させないと言っている」という差別的な問い合わせもありました。
人権尊重のまちづくりをめざして
こうした差別事件・差別事象は、いまなお、また形を変えて続いています。けれども差別が人によって生み出されたものであるなら、私たちの手によって差別をなくすこともできるはずです。そのための第一歩は、お互いの理解を深め、共に行動することです。そうした新たな活動も始まっています。
まちづくり委員会の活動もその一つです。生江地域では11の町会が集まって、「地域の資源を活用したまちづくりや防災に強いまちづくりなど、より快適で、より安全な、より便利な、そして誰もが住みよい、住み続けたいと思えるまちづくりをめざして共同作業を続けています。
地域に設置されたさまざまな施設も、現在は広く一般に開放され区民・市民の交流の場として活用されています。
そしてこれまで、生江地区では、人権啓発や交流をはかるためとしてさまざまな取り組みを続けてきました。7区が一体となって開催する人権フェスティバルや連続人権講座、旭区の人権啓発紙「じんけん旭」の発行、そして、盆踊りやもちつき大会、ふれあいまつりなどの地域の交流の場。
生江地区では2006年に“だんじり”が復活しました。子どもからおとなまで、地区の内も外も、人権尊重のまち、人権が確立された社会というだんじりをこれからも、共にかつぎ、引っ張っていきたいと思います。 |
|
|